お知らせ: 2014年5月

ながの祇園祭屋台修理保存委員会設立総会及び、東町屋台修理保存事業贈呈式

  • 2014年05月24日

平成26年5月23日に「ながの祇園祭屋台修理保存委員会設立総会及び東町屋台修理保存事業贈呈式」が行われ、沢山のメディアの方々に取材をして頂きました。

ながの祇園祭屋台修理保存委員会設立総会及び東町屋台修理保存事業贈呈式

JR東日本さんを通して東日本鉄道文化財団からご支援頂き、東町が持つ明治5年に建造された長野市内でも有数の屋台を修繕します。本当に立派な屋台でして、東町の区長さんを中心に実現に向かっています。

東町 屋台東町 屋台

来年の2015年春、改修した東町の屋台を披露して、御開帳でいっぱいの観光客の皆様に門前文化らしい「ながの祇園祭」を感じて頂けたら幸いです。

 

▼以下、新聞に掲載して頂いた記事です。▼


ながの祇園祭参加へ 長野市東町区が屋台復活を計画保存委員会が発足 保存委員会が発足

信濃毎日新聞

屋台の復活に向けた「ながの祇園祭屋台修理保存委員会」の設立総会

長野市東町区は、来年夏に行われる中心市街地を屋台(山車)が巡行する「ながの祇園祭」に参加するため、屋台を復活させる。かつて祇園祭に衣替えする前の「屋台巡行」の時代に巡行していたが、1991年を最後に途絶えていた。復活の機運が高まり、修繕の助成も得られ、屋台巡行の実現につながった。23日は、東町や市などでつくる「ながの祇園祭屋台修理保存委員会」が発足した。

屋台巡行は善光寺近くの師範神社が夏に行う祭礼の一つで、65(昭和40)年ごろまで毎年開催。その後は主に善光寺御開帳に合わせて行い’2012年から「ながの祇園祭」として毎垂開いている。

東町区の屋台は1872(明治5)年に作られた。長さ473cm、幅262cm、高さ460cm。1970(昭和45)年ごろまでは数年に1回巡行してきたが人口減や資金難などで91年以降は、部材が解体されたままになっていた。

東町区は公益財団法人「東日本鉄道文化財団」 (東京)の「地方文化事業支援」に申請、対象に決まった。同財団が修理費用200万円の半額を助成する。残りは東町区が支出する。

ながの祇園祭屋台修理保存委員A面萎員長で、東町区長の池田策彦さん(70)は「みんなの力を合わせ、屋台巡行をやり遂げたい」と話した。


門前の御祭礼参加へ 東町屋台修繕始まる 助成金や寄付・募金を原資24年ぶり復活目指す

長野市民新聞

善光寺門前の東町で、弥栄神社=上西之門町=の御祭礼の中心行事・屋台巡行に再び参加できるよう、JR関連財団の助成金などを原資として、伝統の屋台の修繕事業がスタートする。屋台が今回修繕対象となる。

東町と市や商工団体など関係機関で構成し、修繕の実施主体となる「ながの祇園祭屋台修理保存委員会」が23日に発足。地元関係者は、来年7月の屋台巡行で24年ぶりの復活を目指したい考えだ。

地元によると東町の屋台は、1872(明治5)年に宮大工・山崎儀作が制作した長野市内でも屈指の古い屋台。舞台の天井に飾られた金塗りの鳳風(ほうおう)とみられる彫り物をはじめ、精巧な装飾品が各部に施されている。かつて問屋街として栄えた東町は戦後の人口減少や財政難で、屋台巡行への参加は1991(平成3)年を最後に途絶えた。屋台は車輪や車軸などが弱っており、解体されて武井神社の屋台蔵に保管されている。

助成は、JR東日本関連の東日本鉄道文化財団=帝京都=が、管内の文化遺産や伝統芸能の保全と継承を図る地方文化事業支援の一環。今回は車輪・車軸の補強費など総費用の半額相当の100万円が交付される。残りの費用は、住民有志が町役員と連携して付金を集めたり、インターネット募金を行うなどして工面する方針だ。

修理保存委員会は、屋台巡行の実施阻織「ながの祇園祭屋台運行実行委員会」を母体に発足し、助成金の受け皿となる。弥栄神社加盟町の現存する屋台約20台のうち半数東は傷みなどで動かせない状態にあるため、修理保存妻は東町の屋台修繕をモデルとして、1台でも多く再生できるよう方策を探る方針だ。

東町が91年の屋台巡行に参加した当時の区長だった松木雄治郎さん(88)は「町にとって屋台を出すことは、伝統を絶やさず心意気を示す意味がある」として復活に期待。修繕を目指す町民有志の一人、水等昌弘さん(61)は「屋台の復活で住民の幹が深まればいい」と話している。

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